スペードのエース


 若い頃というのは突っ張ってますから「俺は一匹狼だ」ってな調子で粋がってますよね。 面倒くさい付き合いなんかするより一人でいる方が自由でイイやと思ったもんです。 親元を飛び出して早稲田界隈にいたころは、もう毎日が自由で、そこそこの食い扶持はありましたから勝手なことして遊んでました。 でも、よく考えると大学のそばに住んでるわけですから、ちょっと声をかけると後輩達が遊びに来てくれる、可愛いオネイサンもそこらじゅうに歩いている、一匹狼どころかペットショップに売れ残った犬のようなものだったわけです。
 ですから、正月なんかは実に寂しかった。 大学も商店街も閉まっちゃうし下宿生は帰郷してしまうし、だ〜れもいなくなるわけです。 そういうときに限って、空は何処までも高く、小春日和だったりするわけです。
 仕方がないので、ただただ界隈を散歩しておりました。 とても明るくていい天気なんですが、心はなんか重いんですね。 すると、道の向こうの方から何かが走ってくる。 何だろう?と目を細めてみると、トランプなんです。 近づくにつれて分かってきました。 スペードのエースが走って来るんです。
 「何だ〜?」と我が目を疑って眺めていると、誰かがスペードのエースの着ぐるみを着て走って来るのだというのが分かりました。 その後方を8ミリカメラと三脚を持った小柄な女の子が付いて走っていました。 彼らが自分の方までやってきたとき、顔見知りだったので驚きました。
 そのスペードのエースは、堀切和夫という男で、クラブの後輩でした。 スーパースランプ(今の爆風スランプの原型)というバンドの創始者です。 「何やってるんだ?」と尋ねると、もう音楽はやめて演劇に転向した、今は自主制作の映画を撮っているところだ、というようなことでした。 なんでも、町中をハートのエースとスペードのエースが走り回り、最後に出会って衝突するといったストーリー(?)なのだそうです。 昔、スイカ男が、正と負の存在が衝突するというような詩を書いていたので、変わり者は似たような発想をするもんだと半分呆れながら「まあ頑張れや」と別れました。
 その堀切さんは、今でも演劇人として活躍なさっているらしく、ニュース23の戦後50年特集で「聞け海神の声を」の脚本家として紹介されているのを見かけたことがあります。 僕がただ悶々と時間をやり過ごしていたとき、そうやって努力を重ねていた人は、なるほど今でも何らかの形で評価され、協力者を得、活動を続けておられます。
 年齢というものは三十路を過ぎた辺りから逆算が始まります。 前は「俺ももう二十歳かよ」なんて笑っていたのが、「あと20年ちょっとで六十か」なんて考えたりするようになります。 なんだか時間を無駄にやり過ごして来はしなかったかという反省と、もたもたしている場合じゃないよという焦りのようなものを感じるようになります。 でも、焦る必要はないと思います。 努力する者は、どんな形であれ必ず評価され、必ず協力者を得るものだと信じていますから。
 ですから、今は一人になりたいなんて毛頭思いません。 人は人と共に生き、生かされているんだということがよく分かるからです。 そして、人生には、掛け替えのない出会いがあるものです。 ですから、どんな形であれ、その人達と共に生きているのだということの大切さを忘れるわけにはいきません。
--- 12.May.1997 Naoki


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