クリスマスおめでとう


 クリスマスおめでとうございます。 キリスト教徒にとっては、イースター(復活祭)と並んで祝福すべき日です。 しかしペルーでは、キリスト教の国であるにも関わらず、テロリスト達がダイナマイトのナップサックを背に日本大使館で頑張っています。 なんだか「MRTA(ツパク・アマル)」って「MRSA(耐性黄色ブドウ球菌)」と似てますね。 もっとも、この一件は宗教闘争ではなく、表向きは時代錯誤のイデオロギー闘争の体をなしています。 実際には民族闘争の香りもしますが...ま、僕は政治・経済・歴史・社会が苦手なので当たってるかどうか分かりません。
 確か、開高健氏がイデオロギーのことを「半熟の宗教」と形容されていたように記憶していますが、言い得て妙ですね。 冷戦の頃には、この「半熟の宗教」が世界的対立の構図を彩っていました。 冷戦後の現在では、殆どの闘争が民族、もしくはそれを支援している宗教によるもののようです。 戦争が宗教を利用しているのか、宗教が戦争を引き起こしているのか、前者を信じたいところですが、 少なくとも「右のほっぺたドツカレたら左のほっぺた出せ」なんて言ってる宗教が鉄砲ドンパチやるっていうのは明らかな矛盾です。 更に滑稽なのは、キリスト教にせよ仏教にせよ(その他の宗教のことはよく知らないんですが) いくつも宗派があって自らの内側にまで対立の構図を持っていることです。 宗教の致命的なところは、その拠り所でもある排他性にあります。
 夫婦喧嘩の絶えない親が子の兄弟喧嘩を窘めても説得力がないように、宗教が平和を説くのはチャンチャラおかしいと思います。 おそらくこれは、宗教そのものの排他性を一部の「宗教家」が利用する傾向にあるからではないかと思います。 せこい新興宗教などでは、主に私利私欲のために利用されていますね。 もうちょっと本格的な宗教は、政治に利用されます。 政治に利用されて何かうまくいく事があるとしても、それは内政だけであって、必ずや外界と軋轢を生じてしまいます。
 その点、科学というのは大変面白い役割を果たしています。 命題を導き、実験し、証明するというあの単純な手法は、正しい正しくないの議論の前に、少なくとも宗教よりも謙虚なものです。 傲慢な「宗教家」達が科学を弾圧してきたという歴史がありますね。 どっかの大司教がダーウィンの「進化論」をある程度容認する宣言をしたのは、なんと今年(1996年)の夏のことです。
 科学は、その単純かつ厄介な手法が故に、到底世界全体を把握することが出来ないというもどかしさを持っています。 また、高い集中力と涙ぐましい献身を必要とするが故に、目的の本質を見失いがちであるという側面も持っています。 ですから、どこまでも真理を見極めようとする前衛的科学者達や、技術の応用に関して慎重で賢明な社会的科学者達は、 否が応でも哲学的思惟に時間を割いているはずです。 哲学というとデ・カン・ショやサルトルなんかを連想しますね。 彼らは宗教とどう関わっていたんでしょう。 思うに、彼らは必ずしも宗教と無縁ではなかったのではないでしょうか。 実存主義の旗頭であるハイデッガーに至っては、確か宣教師の息子であったはずです。 哲学は、なんらかの形で宗教の影響を受けているでしょうね。 しかし、そういった哲学的思惟を必要とするにせよ、科学の持つ姿勢は、空理空論により「真実」を完結してしまおうといった類の考え方よりも、少なくとも非排他的であり平和的であると思います。 それは、共通の「手法」と「言語」により、自他が冷静にコミュニケートする土俵が提供されているからです。 だれかと深くコミュニケートするために必要なことは、先ず同じ土俵に上がることです。
 宮沢賢治は、何だかクリスチャンのようなイメージがありますが、実は熱心な日蓮宗の信者だったと聞いています。 彼の「銀河鉄道の夜」には幾つかのバージョンがあるそうですが、僕が読んだ版の最後には確か次のようなことが書いてありました。 「宗教は違ってもその人のしたことに涙することがあるでしょう。」 僕の記憶が正しいとすれば、彼の信仰は「宗教」を超えたものであったわけです。
 ジョン・レノンが「イマジン」の中で、「天国も地獄もない、戦争も宗教もないと空想してごらん」と歌うことは、 欧米社会においては想像以上に勇気を要することだったろうと思います。 そして、彼の発想は極めて自然で極めて謙虚なものであったと思います。 ただ、誤解してならないのは、彼はその歌の中で宗教を否定してはいるが、信仰については一切否定していないということです。 僕があの歌を聴いていて感じるのは、むしろ彼の信心深さです。 あの歌で用いられている「イマジン(空想)」という言葉は、彼の音楽によって「祈り」というニュアンスを与えられています。 彼はあの歌で、平和を祈り、愛と幸福を祈っています。
--- 25.Dec.1996 Naoki


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