グッドナイト・アメリカ

 "Good night, America. All the world still loves the dreamer." ・・・これは、リッキー・リー・ジョーンズのファースト・アルバムの巻末に入っていた小曲の一節です。 孤独な女性が街の灯を見てふとそう呟く、そんな雰囲気の歌で、僕はとても気に入っています。 自由の国アメリカは、戦後日本の憧れでもありました。 自国の人たちにとっても、愛すべき国であり、大リーグの決勝戦を「ワールド・シリーズ」と呼ぶように、世界そのものでもありました。

 建国以来国土を侵略されたことはなく、戦争は全て外で行われ、冷戦後は唯一の大国として世界の警察を自称するまでになりました。 ところが、そのアメリカに対するテロはエスカレートして、9月11日の惨事に至りました。 仕舞っておいた「リメンバー・パールハーバー」という言葉が持ち出され、「リメンバーSep11」が唱えられ、何故か「ヒロシマ」や「ナガサキ」は連想されず、それに言及したのはなんとビン・ラディンの方でした。

 今、アメリカは、炭疽菌による生物テロを受けながら、アフガニスタンに空爆を続けています。 最新鋭兵器の雄姿や砲火の映像は我々をワクワクさせ、戦果報告は「自由社会」のプライドを繋ぎとめ一定の安心感を与えてくれました。 けれど、当然のことながらその下で多くの民間人が死に、絶望が新たな憎悪を生んでいます。 テロそのものも、抑制されるどころか、新たな不安を掻き立てています。 タリバン側が公表した「誤爆」による犠牲者の数をアメリカ側は「多すぎる」と否定しています。 しかし、人の命の場合、そういった定量的な判断は意味を持ちません。 人が、殺されています。

 只でさえ低迷していた世界経済は、ますます窮地に追い込まれています。 オエラガタ世代の中には、争いが起きれば特需が生まれると(戦争に)期待している向きもあるようです。 但し、テロ特需があるとすれば、20世紀型の戦争特需とは全く異なったものになるでしょう。 ミサイルや戦車など、人を殺す道具をどんなに増産してもテロには勝てないからです。 やがてそれが無意味であることに気付いた経済は、テロに屈し、益々低迷を始めるでしょう。

 もしテロ特需があるとすれば、それは先ずセキュリティー関連の自衛商品でしょう。 続いて、世界を豊かにするための平和商品需要が生まれるはずです。 近視眼的な営利主義経営は、もう通用しないでしょう。 それは、野放図に公害を垂れ流し再生不可能な大量生産が淘汰されてきたのと同様に、経済戦略上のシビリアン・コントロールが働くからです。 1機何百億円もする最新鋭の爆撃機が誰も守ってくれないということに、我々はもう気付き始めています。 兵器という商品は、敵も味方もなく人を殺すのだということを遅まきながら我々は再認識しています。 原爆がそうであったように、生物化学兵器がそうであるように、そしてパトリオットミサイルやB52戦闘爆撃機がそうであるように、これらの商品は人類の役に立たないのです。

 どうやら、米国が最新兵器をどれほど投入しても、人類は豊かになりそうにありません。 にもかかわらず徹底的なアフガン攻撃を続けるのは、テロ対策以外にもアメリカに思惑がある(あるいはその思惑のためにテロを利用している)という穿った指摘を許すことになると思います。 僕は、アメリカ主義を端的に現している言葉は、"easy" ではないかと思っています。 この言葉、日本では「それはイージーな考え方だ」とか「あいつはイージーなやつだ」などと否定的に用いられます。 しかしアメリカ人は、「合理的」とか「心休まる」という意味で肯定的に用いることが多いようです。

 昔、アメリカ海軍の居留地に遊びに通っていたとき、いつも体が凍るほどの温度で一日中クーラーがつけられていました。 僕は、直感的に「電気がもったいないなぁ」という貧乏心を抱いた記憶があります。 一緒にいた友達(スイカ男)は、その家の婦人に「何故ずっとクーラーをかけてるんだ」と尋ねました。 彼女は、不思議そうな顔をして小さく肩をすくめ、 "'Cause it's easy." と答えました。 友達は、"It's NOT easy!" と噛み付きました。 こんなにクーラーをかけていると外に出たとき余計熱く感じる、だから合理的ではないというのです。 ささやかな日米相違のお話です。 けれど、僕にはなんともそういったアメリカ的な価値観が、大量消費を肯定し、京都議定書を拒否し、トルクメニスタンで発見された大量の化石燃料を必要としているように思えてなりません。 アメリカ人には、内省する機会があまり多くなかったのかもしれません。

 個人主義を尊重する自由の国アメリカ。 素晴らしい個人を数多く輩出し、いわば他国の模範となってきた国。 けれど、国家としての個人主義は、同盟国から見ても目に余るほどです。 痛みを知らない勝者、鏡を持たない正義は、見えない敵と戦っている、それはもしかしたらアメリカ自身かもしれません。 武器も、生物兵器も、アルカイダも、多かれ少なかれアメリカの負の遺産であるというのは、なんとも皮肉な話だと思います。


--- 2.Nov.2001 Naoki

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