スーパーカップ

 天気予報士の方がテレビでおっしゃることに、しばしばイラッとするのは自分だけでしょうか。 予報が外れることがあるからとか、そんなことはいいんです、そんなことはあっても仕方がない。 「長雨の原因は、停滞しているこの前線にあるんです」とか、 「なぜ雨が降らないのか、それはまだ太平洋高気圧が勢力を保っているからなんです」とかおっしゃる。 いくらこっちが素人だからって、それはない、その詭弁はない。 それは、原因じゃなくて、現象でしょう? なぜ今年の夏は猛暑か、原因は「エルニーニョ」だとか、「ラニーニャ」だとか、果ては「異常気象」だとかおっしゃる。 いや、それ現象でしょうって。

 今年の4月、米国の航空宇宙局(NASA)が、2016年は地球にとって史上最も暑い年になるだろうと発表しました。 どうやら数年前からその予測はあったらしい。 いろんな観測から導いたのでしょうが、東太平洋の赤道付近の海面水温を理由にはしていません。 どうやら、太陽活動の観測から割り出しているらしい。 黒点(太陽の表面温度の比較的低い部分)の規模の遷移だとか、巨大フレア(爆発で生じる地球の何倍もある炎)だとか、 太陽の表面に現れる何かそういったものの観測に基づくようなのです。 素人目に考えても地球の気象は太陽の活動に一番影響を受けているのだと思いますから、 長雨や干魃や猛暑などの原因を語るなら、せめてそこくらいまでは遡ってもらいたいものです。

 と、天気予報に苦言を呈そうが呈すまいが、今年の夏は暑かった。 体温超えがザラでしたが、これ、百葉箱と呼ばれる芝生の上に立てた地上1.5m程の白いホコラの中の日陰での話ですから、 太陽光の輻射熱やそれを吸ったコンクリの照り返しなぞ考えれば、サウナのような温度だったと捉えるべきでしょう。 なにせ、例の天気予報士さんが、「明日は最高気温が31℃程度の比較的過ごしやすい一日になるでしょう」ってホントに言いましたからね。 青春時代を昭和で過ごした自分なぞ、目の玉がひっくり返るような話です。 夏休みに30℃超えが何日あるか楽しみにしていた口で、少ない年は二、三日、冷夏となれば皆無の年もあったやに記憶しています。

 むかし「日射病」などと呼ばれた高温に起因する疾病が、昨今は「熱中症」という呼称で広く知られるようになりました。 なにしろ、室内でも起きるのですから。 サッカーの指導者講習を受けたとき、重傷に陥った場合は14%が死亡すると教わりました。 妙に細かいのは、統計的な事実から来ているのでしょう。 少年サッカー団のコーチをしていたとき、まさにそういう場面に居合わせましたから、実感が湧きました。 ベテランコーチが冗談半分「地獄の合宿」とおっしゃっていた、 その合宿初日(典型的なケースの一つだそうです)で、発症は夕方に入ってから(これも実は典型的)でした。 幸いその子は86%側に入り、後遺症もなく治癒しましたからご心配なく。 とはいえ、一歩間違えばと考えると恐ろしい。

 当時、自分の車は、救急車役も買って出ていました。 本当に救急車を呼ぶほどではないが、病院へ行くにこしたことはないというケースがあります。 そういうけが人が出たら、練習中、試合中を問わず、親御さん方に後を任せ、救急病院へと乗り付けたものです。 そんなことが、ちょっとした重傷のケースも含め、四、五回ありました。 スポーツに怪我は付きものなので、まあ仕方のない面はあります。 特にサッカーは、身体と身体がぶつかり合いますから、不慮の事故ということもある。 が、熱中症は違う。 なぜなら、これは相手と交錯して起きるものではないからです。

 湿度にもよりますが、環境省による熱中症の「運動に関する指針」では、 31℃を超えると「厳重警戒(激しい運動は中止)」、 35℃を超えると「運動は原則中止」とされています。 にもかかわらず、大人から子どもまで、サッカー大会は夏でも決行されます。 サッカーは激しい運動なので、全て行政の指針を無視していることになりますね。 とはいえ、特段の行政処分もないようなので、指針を示しているだけのようです。 いかんせん、重度の熱中症の怖さを目の当たりにした自分としては、 生活を賭けているならともかく、将来を賭けた子どもたちには強いたくない。

 これに似た話があります。 サッカー少年団のコーチをしていたころ、体育館では女子のミニバス(児童向けルールのバスケットボール)をやっていました。 そのキャプテンは、明るく健康的なお嬢さんで、よく話しかけて来てくれた。 チームメートの信望も厚い頑張り屋だったようです。 しかし、無理な練習がたたって膝を壊してしまった。 中学生になった彼女と一度会ったことがありますが、バスケットボールはもとより、 もうスポーツクラブには入れない、たぶん高校生になっても無理だろうと言ってました。 あの明るく元気なキャプテンが、とても寂しそうに見えました。 自分は、児童期の過剰とも言える特訓を大いに疑問視しました。 なんのための特訓なのか、これでは本末転倒ではないかと。

 なので、少女サッカーチームを立ち上げたころ、 身体を鍛えるための走り込み、ましてや罰走のようなことは一切やらせませんでした。 さらに、熱中症を警戒し、夏休みは原則お休みとしました。 「原則」というのには訳があって、実は少しだけやったんです。 当時、女の子たちというのは、日頃ボールを蹴ることができませんでした。 そんなもの、公園にでも校庭にでも行って蹴ればいいじゃないか、 ということですけれども、そうはいかないんです。 これは、実際に女の子をボール蹴りに連れ出してみれば分かります。 男の子たちと群れて遊べる子なら、あるいは遊べる年頃なら、それはなんとでもなります。 しかし、20人に19人くらいは、そうはいかない。 そもそも、その辺に女子のサッカー仲間なぞゴロゴロしているわけではありませんから、 極論ですが、普段から近所でボールが蹴りたいんだったら先ず身も心も男になれ、という暗黙の環境条件がありました。 そうすると、一学期でせっかくサッカーに馴染んでも、二学期になったら殆ど身体が忘れていて、また一からとなります。 運動能力の発達が目覚ましい年頃の少女たちにとって、これは実にもったいなかったのです。

 そこで、夏休み中は「強化練習」と銘打って、希望者のみ、数回だけの練習機会を設けました。 保護者によるお当番もなし(心配な方は見に来て)というものです。 激しい運動や本格的なゲームはやらず、もっぱら足でボールを操る基礎的な練習です。 しかも、すぐに日陰で休憩をします。 バケツの水をかけあったりもするので、半分水遊び大会のようにもなります。 で、最後にアイスキャンディをごちそうする、これが釣り餌です。 アイスに釣られて少女たちがやってくる、遊びながらなんとかボールに慣れさせる、それだけの試みです。 それでもいろんなことがあり、この拙作エッセイのどれかでも触れたやに記憶しています。 サッカー指導として果たしてどうだったのか、という疑問は残って然るべきでしょう。 ただ言えることは、そこにはサッカーボールがあり、少女たちがいて、アイスキャンディがあり、夏であった、ということです。

 その少女サッカーチームですが、ここ数年、自分は殆ど現場に顔を出していません。 自分の場合、顔を出すと必ず口も出すので、次世代を担う方々や若き指導者たちにあまり良くない、 すなわちチームにとってもあまり良くないと考えているからです。 なので、速やかに代表役も引き継ごうとしているのですが、これがなかなかそうはいかないんですね、やっぱし。 皆さん各々の事情もありますし、これまでのいろんな繋がりを考えて来ても都合が悪い。 なので、もう少し掛かりそうな状況です。 いまは、協会の方でサッカー絡みの仕事に触れながら、できるだけ遠巻きにチームを見守っているような状況。

 ですが、それでは足りん、ということでしょう、 副代表のご発案で、夏休み中にOG(Old Girl, 卒団生)を呼んで内輪のサッカー大会をやろうということになりました。 サッカーコーチの最大の役割は、蹴り方を指導することでも、フォーメーションを教えることでも、 選手たちに自分の願望を託すことでもありません。 サッカーの場を提供することです。 そろそろOGにもその機会を、というわけですね、なるほど。 監督と三人で話し合って役割分担。 自分の役回りは、OGたちに声をかけることと、例の釣り餌を用意すること、そう、アイスキャンディですね。 ただ、それだけでは芸がない、優秀選手を表彰し、副賞として大きなサイズのバニラアイスを贈呈する。 よって、大会名は「スーパーカップ」。 8月21日、次々と台風が襲来して前日は大雨という塩梅でしたが、この日ばかりは朝から眩いばかりの夏空に。

 現役のサッカー少女たち、親御さんたち、そしてOGたちが対戦しました。 もちろん、全員が集えたわけではありませんが、予想以上の盛況です。 OGは様々で、まだ現役で活躍している子、他のスポーツに進んだ子、文化系のクラブに進んだ子もいます。 転校などで途中退部した子たちも複数来ており、中にはこの日のためにわざわざ名古屋から来てくれた子もいました。 焼け付くような暑さでしたが、フィールドは輝くような笑顔に溢れ、ダイナミックな展開や見事なゴールシーンがいくつも生まれました。 全てのゲームが終了し、表彰式、すなわちアイスキャンディとスーパーカップの贈呈式を行い、写真を撮りました。 なにかにつけ、写真を撮らせてくれとせがむのは老人の性です。 が、逆に写真を撮ろうと誘ってくれるOGもいて感激しました。 「またやった方がいいと思う人!」と声をかけると、青空に向けて全員が手を挙げてくれました。


--- 2016/9/12 Naoki


この日集ったOGは中学生〜女子大生、背格好は同じでも世代の差は大きい。
iPhoneで撮られた記念写真には、いつのまにか小動物化している自分がいた。


コーチは環境の一部であるから、集合写真では後列の端に入るようにしてきた。
しかし、こういう環境においては、ランドマークとしての役割もあると考えた。

back index next