ハーモニーの解放


 作曲をするとき、コード(和音)進行から作る人がいます。 コードの持つ雰囲気と進行するリズムのノリでイメージをかき立てようということでしょう。 賢い方法です。 ただ、本教室の講師はこの方法でうまくいった試しが殆どありません。 あまりにも盗作じみたメロディーしか付かないし、ろくな歌詞しか浮かばないので、そら恥ずかしくて歌えないのです。 この点については、才能のなさを認めざるを得ません。 講師が歌を得るときは、全てが一度にやって来ます。 それを具体化する順番は一定していません。 具体化する足掛かりは、リズムや歌詞や、もちろんコードになるときもあります。 ただその時のコードとは、ギターなどのコードブックに紹介されている「押さえ方」ではなく、ある雰囲気を持った音の背景という類のものです。
 一般的にコードと言えば、或る音階のノート(音)を三度体積(一つ飛ばしに重ねる方法)させたものを差します。 3つのノートを重ねたものをトライアッドコード、4つ重ねたものをセブンスコードと呼んだりします。 音階の一つ一つをベース(基音)にして得られるそれら一連のコード群をダイアトニックコードと呼び、それらを一定の規則で循環させるなどすれば、その音階にさっくりはまるコード進行が得られます。 一工夫したければ、それ以外のサブスティテュートコード(代理和音)や転調を伴う他の音階のダイアトニックコード、或いは経過和音的に使用されるクロマチックコードなどと組み合わせて使用することもできます。 興味のある方は調べられてもいいと思います。 が、これは本講義の主題ではありません。
 講師は、むしろこのコード理論が、音楽の可能性を著しく妨げていると思っています。 徹底的に突き詰めて多くの活用形や応用方法を身につけている音楽家には相応しい理論かもしれませんが、複雑なコードを用いるジャズやフュージョンと呼ばれるカテゴリーの音楽に何故か似通ったものが多いことにお気づきの方もおられるでしょう。 もちろん、普段音楽とは縁遠い方々にも楽しんでもらえるような音楽を志すとき、多くの人が聞き慣れた部品を組み合わせるにはコード理論は有効です。 分かりやすい曲を書くという意味で、一昔前の歌謡唱歌を支えておられた中村八代先生や服部良一先生というのは、天才中の天才であったと思います。 但し、先生方の作曲手法の中心にはコードではなくメロディーやリズムがあったと思います。 コードはアレンジ(編曲)のための道具に過ぎなかったかも知れません。 ところが、あまり良い表現ではありませんが、ろくに音楽を追求していない輩が手っ取り早くそれらしい雰囲気が得られるからとコードブックを横目にギターをかき鳴らして作った音楽の大半は、残念ながらかなり情けないものになります。 ボブ・ディランは、「Gは勇気のコード、Aは...」という風に、ギターコード一つ一つについての初見を持っていると聞いたことがありますが、コードブックに紹介されているコードは、まぁそのくらいの感性があって初めて使いこなせるものではないでしょうか。
 本来的な音楽には、コードという観念が無かったと考えられます。 手足を打ち鳴らしたり声を張り上げたり、やがて土に穴を掘って作った原始的な太鼓や石や木片を打ち鳴らす、狩猟用の弓の弦を弾く、そういったリズムやメロディーのぶつかり合いの中からハーモニーが発見されたことはあったでしょう。 コードという概念は、多分古典西洋音楽を発端に確立されていったもので、言ってみれば非常に独善的な世界です。 幾つか例を引いてみましょう。
 ドミナントモーション(属和音解決)という理論があります。 例えばG7→CだとかDb7→Cといったコード進行を裏付けるものです。 この根底にあるのは、トライトーン(三全音)というインターバル(音程)が不安定であるという概念です。 トライトーンは、平均律的に考えれば、1オクターブを真っ二つに割ったインターバルで、例えば「シ⇔ファ」がそれに相当します。 これが上下半音ずつ歩み寄って「ド⇔ミ」に解決するというのがドミナントモーションの原動力になります。 ドリフの合唱団がお辞儀をするときのあの「ドミソ」→「シレファ」→「ドミソ」の解決の仕方がドミナントモーションで、これはモーツァルトからモダンジャズまで一貫した慣用句です。 しかし、トライトーンが不安定だというのは、ピアノという楽器が生まれ平均律が主流になった古典音楽の中で育まれた感性であり、トーナルミュージック(調的音楽)の常套句でしかありません。 例えばブルースではトニックコード(主和音)がトライトーンを含んでいますし、リディアンというモードではルート(根音)からトライトーンにある音をアボイドノート(音価を高くすべきでない音)として扱う必要がないとされています。 もしトライトーンが不安定なものだと決めつけたら、音楽の可能性は一気に狭くなってしまいますね。
 サスペンディッド4th(繋留四度)の例を上げてみましょう。 コードブックに“G7sus4”のようなコードシンボルを見つけたら、それがサスペンディッド4thです。 これは、メジャーコード(長和音)のコードトーンとして扱われます。 マイナーコード(短和音)にこの手の音が入る場合は、“11th”というテンションとして扱われるのが常です。 マイナー11thコードと呼ばれ、ルート、b3rd、5th、b7th、(9th)、11thというコードトーンになります。 ところが、ジャズ理論が打ち立てられた頃、メジャーで11thというテンションは御法度とされていました。 メジャー・トライアッド上の11thを考えると、ルート、3rd、5th、11thというコードトーンが考えられますが、この3rd⇔11thというインターバル、即ちフラッティッドナインス(減9度)は、トライトーンどころではない究極の不快なハーモニーとされていたわけです。 ですからサスペンディッド4thとは3rd(長三度)の音が繋留音的に半音上がったものだと解釈され、コードトーンは、ルート、4th、5thであるとして扱われてきました。 更に、トライトーンを生じるメジャー7thコードのsus4(ルート、4th、5th、7th:4th⇔7thがトライトーン)には用いられず、ドミナント7thコードの4th(ルート、4th、5th、b7th)として親しまれてきました。 この4thが11thを1オクターブ下に転回したもので、メジャー感を強調するはずの3rdは同時には使用しません。 4thは繋留音で、やがて3rdに解決するから必要ないというわけです。 これを、誰だったか、確かジム・ホールではなかったかと思いますが、「そんなもん知らん」と言ってか言わでか、3rdと4th(11th)を織り交ぜて演奏していたのがとてもいい感じだった。 そこでジャズの楽典でも11thも使っていいような風に変わってきていると聞きます。 要するに、理論とは、こんな法則が一般的ですという事後報告なのです。 これから創造的な音楽を始めるための必要条件でも十分条件でもないのです。
 先の4th(11th)の例は、コードという概念だけで捉えてしまうとニュアンスがとても限定的になります。 例えば、ギターをお使いになる方ならご存じかと思いますが、開放弦などを利用して3rdと4thをアルペジオの中で重ね合わせたとき、とても美しい響きが得られることがあります。 また、ルイ・タバキンというジャズ・ミュージシャンは、ビッグバンドの奏でるコードトーンの各々の音価(音の強弱や長さ、拍などによって変化する音の印象度)を調整し、それまで御法度とされていたいくつものテンションノートを可能にしたといいます。 更に、モダンジャズの手法として有名な四度体積(音階のノートを二つ飛ばしに重ねる方法)による「コード」では、4thというインターバルは全く特殊なものではありません。 タイミング、ボリューム、音の長さ、前後関係、上下関係、そういったものの工夫で様々な「コード」が可能になります。 それらは、或る意味では「コード」ではなく、ハーモニー本来の姿への回帰であるとも言えます。 コード進行ではなく、感じるままに作曲することの醍醐味のひとつはこの辺にもあります。
例題1
①このハーモニーのベースはDです。貴方は何通りのコードネームを考えつくことができますか?
②キーがD、G、及びCであるとき、このハーモニーに対して貴方はどのケースにおいても同じコードネームを使いますか?
③これをギターとオルガンで弾き比べたとき、同じコードに感じられますか?

例題2

①貴方はこれらのハーモニーにコードネームを付けたいという欲求を感じますか?
②貴方はこれら一連のハーモニーからどのようなメロディーを連想しますか?
③これらの中で比較的聞き苦しいと感じるハーモニーはありますか?あるとすれば、それはどれですか?
④③で「ある」と答えた方は、聞き苦しい原因は何だと考えますか?原因が分かったら、聞き易くなるように工夫してみましょう。

例題3

①貴方なら、このシンプルなメロディーにどのようなコード進行を付けますか?
②バックグラウンドにコードを想定せず、各ノートをハーモナイズして①のような雰囲気を出してみましょう。
③休符の小節にメロディー又はハーモニーを埋め込んで、②の演奏が途切れないようにアレンジしてみましよう。



--- 19.Nov.1997 Naoki
--- update 20.Nov.1997 Naoki

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