もう一つの人類

 この歳になって異性を意識し始めました。 といっても思春期のそれとは違うんです。 最も近くにいて最も遠いもう一つの民族、 新人類に気がつき始めたといったところです。

 そもそも、性差というのは、肉体的な要因を横に置けば、 文化的且つ後天的なものであろうと考えていました。 しかし、脳の使い方そのものに性差があるとの研究成果もあるようです。 何万年という人類の文化、即ち男性が狩猟、女性が採集に勤しむ生活で 淘汰され、進化してきた結果としての先天的な差異なのだとか。 ところが、ここ半世紀余りの間に、 世界の多くの国々で急速な女性の「台頭」が進行してきました。 選挙権から始まり、教育、就労、自己実現に至るまで、 それ以前の数万年とは異なる文化が発生しているのです。 そこで社会もまたハタと気がつき始めた、 そういえば女性って何考えてるんだろう。

 これは想像以上に急峻な変化です。 少年サッカーに関わっていた10年ほど前、お当番の半数以上は専業主婦でした。 現在は少女サッカーに関わっていますが、お母様方の約9割は勤労婦人です。 パートタイムだけでなく、事実上の常勤社員も増えているようです。 女性も会社勤めするのが至極当然の世の中になったわけですが、 これ、意外と最近の話なんですね。

 さて、この少女サッカーというのを見ていて、 面白いなぁと感じたことが幾つかあります。 黎明期、未だろくに対外試合も組めなかった頃、 少女(以下、ギャルッチョという)達に 「みんな喜べ、今度試合が出来るぞ!」と告げると、 「その相手、強い?」と訊き返す。 「おぉ、強いとも、名門だ!」と応えると、 ギャルッチョども、声をそろえて「じゃ、やんなぁ〜い」。 男子(以下、ガキンチョという)だったら、内心ビビリながらも、 「よぉし、やろうぜ!」と意気に燃えるところなんですがね。

 もう一つ、典型的な場面。 ガキンチョサッカーは大抵学年ごとに試合が組まれます。 大会も2学年ごと、U−8、U−10、U−12 というふうにクラス分けされている。 ところが、ギャルッチョサッカーは、メンバーが少ないので、 低学年から高学年までひっくるめて1チームというのが当たり前。 或る年、うちは6年生の多い大型チーム、 相手はどうやら1年生も担ぎ出しての凸凹チーム。 如何せん、相手のほうが巧く、リードを許し、尚も劣勢。 自陣ペナルティーエリア付近での競り合いが続く中、 相手のちびっ子とうちの大きな選手が接触。 ボールはゴール前に転がって大ピンチ。 そんな場面で、うちの大きな選手は、 吹っ飛ばされたちびっ子が地面に打ち付けられないよう キャッチして抱き起こそうとしている。 ゴール前の自軍ギャルッチョどもも全員足を止め、 「大丈夫?」とそれを眺めている。 「こらぁ、ボール、ボール!」と思いながらも、 「流石・・・!」と内心嬉しくなった監督。 相手も、うちの妙な対応に一瞬足が止まり、 思い出したようにボールに駆け寄る始末。 「当たれー!」、「削れー!」の 元気なガキンチョサッカーでは見たことのない光景。

 これとは全く違うけれど根は同じ、 という場面をなでしこジャパンに見ます。 中国で開催された前回の極東選手権。 宿敵北朝鮮とのゲームは双方必死のガチンコ対決。 ゴール前のスペースにルーズボールが転がり、 双方の選手が全速力で駆け寄ってスライディング。 非常に危険な、とても勇気の要る場面です。 怪我人が出て当たり前、ぶつかる! という瞬間、双方の選手とも相手を庇うような身のこなし。 負けられない試合、命がけで突っ込みながら、 最後の最後はスパイクではなく体を差し出した両国の女子選手。 無謀なプレイや悪意のあるプレイならこうは行きません。 なでしこ達は、格上の北朝鮮に僅差で勝利し、 その大会を征して国際大会初優勝を果たします。

 その後、同じく中国で開催された女子ワールドカップ、 なでしこ達は決勝トーナメントに駒を進め、ノルウェーを破ります。 我等がちびっ子軍団が、身体能力に優れる 世界屈指の強豪に大差で勝利するという 奇跡のドラマを演じてくれた瞬間です。 後半、ノルウェーは可也足が縺れてきたように見えました。 そんな中、フィールドのど真ん中で日本選手とノルウェー選手が交錯。 ノルウェー選手がなかなか立ち上がれずにいたのは、打ち所がどうというより、 かなり疲労困憊していたからではないかと思われます。 シャツの裾が捲れて、背中を露呈したまま倒れているノルウェー選手。 交錯した日本選手は、すぐに立ち上がります。 そして、倒れているノルウェー選手に歩み寄ると、 その裾をさりげなくサッと整えて立ち去ったのには驚きました。 これ、男子の試合なら、わざわざ頭を跨いで行きかねないシーンです。 男子のサッカーには、そういった無作法な精神的駆け引きがあります。

 続く、杭州で行われたドイツ戦は敗れ、 惜しくも決勝進出を逃して敗退が決定。 試合後、反日感情からブーイングの浴びせられる中、 なでしこ達は観客席前で整列し、 用意していた横断幕を広げて深々とお辞儀をしました。 「ARIGATO 謝謝 CHINA」。 その横断幕を見た観客席では、 ブーイングがトーンダウンし、 一部で拍手さえ湧き上がりました。 その件について、後日中国では物議が醸されたと言います。 好感や自省と共に捉える意見、小国日本の宣伝と捉える意見、 しかし、いろいろな見方こそあれ、 そのメッセージにこめられていたのは、 男子と違ってサッカー活動を続けることさえままならぬ彼女達の 「サッカーをさせてくれてありがとう」という 真摯な感謝の気持ちだったのではないかと思います。 「対戦相手はもうひとつの仲間」というのが、 あらゆる競技の根底にあるはずです。

 女性というのは、基本的にはフェアプレイなんですね。 経済学者ジャック・アタリ氏のベストセラー「21世紀の歴史」からは、 今世紀後半、もし世界が破綻せずに新しい時代を迎えられるとすれば、 女性の力に拠るところが少なくない旨の主張が読み取れます。 母親が子どもを慈しみ、養い、身を挺して守ろうとするように、 愛他主義(altruism、利他主義)が世界を救うというのです。 もっとも、福島県男女共生センターの興味深いアンケート調査によれば、 「半数以上の人が、『スポーツが得意』、『子どもが好き』、『人の面倒をみる』 などの特性は、男女どちらにもあるものだと考えている」のだそうです。

 他にも、女性の特長として感じるものがあります。 一見すると、それは女性の弱さにも見えます。 囲碁・将棋といったテーブルゲームでは、 現在のところ100%男性がチャンピオンですよね。 腕力勝負でもない、全くの頭脳勝負のはずなのに、 名人、棋聖、王位、王座、竜王、王将、棋王 いずれのタイトルも、歴代全て男性が獲得しています。 詳しくは知りませんが、チェスなんかも同様でしょう。 もちろん、女流名人なんてものは、 そこいらの男が束になって掛かっても足元にも及ばないくらい強い。 にもかかわらず、男性を含めた頂点には立っていません。 以前、その女流名人がTVで仰っていたことが印象的でした。 男性棋士というのは、ここというときに奇手を打つのだそうです。 そこで局面をひっくり返して勝負に出る。 圧倒的に不利な体勢からでも奇手一手で流れを変え 勝利に運ぶ「羽生マジック」などは有名です。 ところが、女流旗手がこれをやると、決まって悪手となり、敗因になるというのです。 この、大局を感じながらの勘所の一手、 もしかしたら狩猟生活で養われた一種の才能なのかもしれませんが、 それが男性にはある、女性には乏しいと、女性チャンピオン自身が仰るわけです。

 確かにそんなところもあるのかもしれません。 しかし、女性は、それを補って余りある、 丁度裏返しのような才能を持ち合わせている節があるのです。 顕著だなと感じるのは、音楽の分野です。 昨今、若い(そして何故か美人の)女性プレイヤーが目白押しですが、 彼女達には共通の特長があります。 先ず、圧倒的に巧い、つまらないミスをしない。 そして、老練な巨匠達と対等にプレイする。 更に、若くして既に音楽的熟成がみられる、ということです。

 先ず、圧倒的に巧い、つまらないミスをしない。 これは志の高い女性達に共通する特長の一つと言えそうです。 奇手は打たないかもしれないが、ブレない、妙なごまかしをしない。 例えばソフトウェア・エンジニアなんかにも同様の傾向があります。 一途な集中力と謙虚な向上心を併せ持ち、 男性プレイヤーにありがちなムラ気や無謀さが見当たりません。

 老練な巨匠達を前に萎縮することもないようです。 強い者、目上の者、有名な人を前にしたときというのは、 驕り高ぶる者ほど恐縮するものです。 ところが、彼女達はその巨匠さえも自分の懐に抱き入れ、 新たな世界を産み出して見せます。 彼女達の謙虚さは、驚くほど逞しいのです。

 そして、若い男性プレイヤーによく見られるように、 只々大音量に酔ったり、技術をひけらかしたり、 ナルシスティックなパフォーマンスに走ったりしません。 極端に言うと、男性には女性のために演奏する傾向を感じますが、 女性は正しく音楽そのもののために演奏するのです。 純粋な輝きに満ちていて、様々な思いが凝縮されたサウンドを奏でます。 無心に、無欲に、献身的に築き上げられる彼女達の音の世界は、 ギラギラとした若い男性プレイヤー達のそれと一線を画して感じられます。

 そんなのいたっけ? という方のために、3人の有名女性プレイヤー達のお名前を挙げておきましょう。 万一ご存知でない方は、ご自分でご確認ください、決して損はしません。 一人はジャズ・ピアノの上原ひろみさん、 もう一人はクラシック・ギターの村治佳織さん、 そしてエレクトリック・ベースのタル・ウィルケンフェルド嬢です。

女子サッカーから教えられること数多
可愛い少女選手と向き合う男性コーチ(33才独身)

--- 3.Aug.2009 Naoki
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