パフェとあんみつ

 巷のご夫人たちが私の人生は何だったんだと愚痴をこぼし始めるころクリスマス商戦は始まる。 明らかに理不尽な既得権を固持しながら己の有難味を説くことに暇のない爺ぃたちと、 賢明な沈黙を楯に彼らの消滅を祈る若年層たちが社会を支える中、 息子たちは万事整った家を夜な夜な離れ、 不完全な美貌を付け睫毛などで武装した娘たちに会う。 天空では無言のうちに星が巡り、やがて白み、凍てついた朝を迎える。

 そんな或る日、 最近では広告しか舞い込まなくなった半爺ぃのパソコンに、 一通のメールが届いていた。
いきなりなんだけど、
明日、サッカーしようかなぁって思ってて、
予定がないなら久しぶりに会いたいな


そのことだけが書いてあった。 それは、一人の少女サッカークラブOGからのメールだった。 少女サッカーは、中学で一旦途切れる。 中学の部活に女子サッカー部というものがないからだ。 大半の子らは、陸上部やバスケットボール部などに籍を置き、 サッカーとは異なるスポーツの醍醐味を見出そうとする。 その子は、類稀な俊足の持ち主だったこともあり、 中学でも、高校でも陸上部を選んだ。

 少女サッカー部のOGの中には、 意を決し、文化系のクラブなどに在籍しつつ、 学外にある女子ユースのクラブに通う子もいる。 女子とはいえ、サッカーを続ける彼女たちのパフォーマンスは、 そこいらの爺ぃの実力を軽く上回る。 また、その他の女子の中には、 高校に進学してから女子サッカー部に入る子もいる。 私学を併せれば、県内で数校が女子サッカー部を運営しているのだ。 残念ながら、近隣の公立高校では、小生の知るところに限れば1校しかない。

 2か月と少し前、半爺ぃはある情報を入手した。 女子サッカーの対抗戦で、某クラブチームとその公立高校が当たることになり、 その双方に自分の少女サッカーチームのOGがいるというのだ。 何はさておき時間を捻出してその試合を観戦しに行った半爺ぃにとって、 若き乙女たちというのはどれも似たように見えるものであって、 かてて加えて近視乱視が進んでいることもあって、 誰が誰だか当初は分からなかった。 ところが、素晴らしいことに、試合になると分かるもので、 少女時代さながらに活躍する彼女たちは一目瞭然であった。 はっきりいって、少女サッカークラブ自体はパッとした成績でもなかった。 隣の芝生は青く見える喩えの通り、 優秀な選手たちは他チームに綺羅星のようにいた。 ところが、男子と同様、女子も二次成長以降は再び同じスタートラインに付き、 ことによってはびっくりするような下剋上も生じるようだ。 そのOGたちは、押しも押されぬ中心選手の一角として、 各々のチームを支えていた。

 眩いばかりの光景を目撃した2ヶ月後、そのメールは届いた。
予定がないなら久しぶりに会いたいな


当然のことながら、何はさておき承諾した。 彼女は昔のチームメート1人を誘うことにした。 何をか言わん、前述の公立高校女子サッカー部に入部したOGだ。 これで、少なくとも3人、だがサッカーゲームができる人数ではない。 後は現地調達という条件で、少女サッカークラブのホームグラウンドでもある 小学校の校庭で待ち合わせることにした。

 一足先に着くと、午前中の男子の招待試合が終了したところだった。 友人のコーチを発見し、ゲームをしないかと誘ってみた。 皆これから昼食をとりに帰るとのことだったが、そのコーチと、 弁当を持参していたちびっこキーパー君の二人が相手をしてくれることになった。 そこに、OGたち2人が合流した。 変わっていなかった。 明らかに彼女たちは成長し、半爺ぃは老いているのだが、 変わっていなかったのである。 広いグラウンドで2人対3人のゲームが始まった。 スペースだらけで、通常なら面白くないはずのゲームである。 ところが、いろいろなプレイが飛び出し、実に面白い内容になった。 OGたちも、キーパー君も、精いっぱいプレイした。 半爺ぃも、息を切らせながら走った。 これ以上ないほど楽しいゲームになった。

 メールをくれたOGは、何かというとアイスをねだる子だった。 本人も親友もそれを覚えていた。 今回は、それがパフェとあんみつに化けた。 近況報告や、とりとめのない世間話を交わす中、彼女はサッカーの楽しさを語った。 陸上には陸上の良さがある、喜びを分かち合う仲間もいる、 けれど、サッカーは瞬間瞬間にも楽しみがあり、 瞬間瞬間にも喜びを分かち合うことができる。 幼いころにそんな経験をしたことが、今も息づいているという。 やがて彼女は自分の私生活の悩みに言及した。 自分ではどうすることもできない課題が突きつけられる中、 自分なりに悩み、胸を痛め、行きついた答が
明日、サッカーしようかなぁって思ってて、


だったのかもしれない。

 この年末には陸上に転向した他のOG、 少女サッカークラブの初代キャプテンが、 全国高校女子駅伝に出場するらしい。 テレビ放映されるのなら、是非その勇姿を観戦したいものである。 女子とて、たかだか高校生とて、実に逞しく成長している。 その目撃者としての栄誉に与ったというだけでも、 半爺ぃの半生はあながち無駄ではなかったのだ。

同じ少女サッカークラブ出身の3人が敵味方に分かれて対戦
緊迫のゴール前でマッチアップしたGKとFWは後輩と先輩
ちびっこキーパー君の頑張りもあって楽しいサッカーが実現
夕方再び我々を見つけ「あの人たちだ」と手を振ってくれた

--- 18.Dec.2010 Naoki
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