スーパーレディ

 「豪傑」というのは大抵男性を指す言葉という気がします。 「豪」とは、甚だしい、優れている、ひと通りではないといった意味、 「豪傑」とは、才知・武勇に並み外れてすぐれていて度胸のある人物とのこと。 しかしながら、女性でありながら豪傑という方も当然いらっしゃるわけで、 文豪もいらっしゃれば酒豪もいらっしゃる。 ただ、言葉の響きがよろしくないかもしれません。 「スーパーレディ」とでもお呼びすれば良いでしょうか。

 20年ちょっと前、カミサンの出産に立ち会いました。 知らせを聞いて会社から飛んで帰り、 夜9時頃でしたか産院に到着、陣痛に苦しむカミサンの手をとりました。 如何せん、そのまま居眠りしていたそうで、 後日カミサンから苦言を浴びせられることに。 ともあれ、夜半過ぎにお産が始まった。 曜日の関係で、担当医は非常勤の若い女先生でした。 小生は結局何もできません。 ラマーズ法のヒーヒーフーを付き合いながらカミサンの腕を擦っているのがせいぜい。 その間、「はい大丈夫だよー!」、「ほら、もっといきんで、その調子!」 と明るい声で励まし、力強くも冷静沈着に対処くださった女先生。 大変な重労働だと思うのですが、素晴らしいの一言。 明け方、オギャーと愚息が誕生。 「男の子ですよ」と太陽のような笑顔の女先生の額には汗が光っていた。 そのお顔、姿かたちは、日本人初の女性宇宙飛行士、向井千秋さんに似ていらした。 けど、お腹は少し出ているなぁと感じたのを覚えています。 後で知ったのですが、実はその女先生、妊娠5ヶ月だったのだそうです。 よくまぁあんな徹夜の大仕事をと考えると、豪傑、 基、スーパーレディに違いありません。

 遡って学生時代、 音楽を志していた小生にとってのマドンナは、 ジャズピアノの橋本一子さんでした。 この方、小柄でとてもスリムな方でしたが、 指一本でピアノの弦を切断できる(と噂された)豪傑。 彼女のリーダーバンド「カラードミュージック」を 六本木のピットインなどに何回か観にいきました。 天才肌のマルチプレーヤー藤本敦夫さん、 名ベーシスト横山雅史さん(通称ヨコさん、この方の逸話はいずれまた・・・)、 現在プリズムや小田バンドでご活躍の木村万作さんなど錚々たるメンバー。 中でも、一子さんの類稀なピアノは圧巻で、 当時相当へそ曲がりだった小生とて一瞬にノックアウトされました。 最近、小川美潮さんとのコラボCDを入手しましたが、 ここまで行くかというインプロビゼーションの結晶。 殆どお会いすることのない方でしたが、知人のライブで遭遇、 お願いしてツーショットを撮らせて頂きました。

 カタギとなって会社勤めを始めると、 そこはいわば男社会の最たるもので、 昨今はそんなこともないと思いますが、 昭和の時代の要職は男性が占めていました。 ちらほら女性社員もいたけれど、 一歩下がって銃後の守りといった役回りで、 大地を切り拓くような要職には稀有であったと思います。 21世紀に入って、会社の統廃合など進む中、 それまでは見たこともなかったような 明らかにタイプの違う女性社員を見るようになりました。 会社によっていろいろな風土があるのでしょう。

 と、思っていたら、そうではなかった。 ある一人の女性のために、全体が違うように見えたのですね。 その方の特長は、アグレッシブな発想と行動、 捲し立てる早口とガハハハという豪傑笑い、 男共が束になってかかっても適わないビジネス手腕、 そして豊かな表情でした。 小生は、その方のビジネス手腕というよりも、表情の方に惹かれました。 確かに美人の類かもしれませんが、表情が実にチャーミングなのです。

 内面は、表情に出ます。

 「キャンキャン五月蠅い」という評判も少なからず耳にしましたけれど、 それを疎ましく思っている人はいなかったでしょう(多分)。 彼女が絡むと、何かと葉茶滅茶にはなるのですけれども、 議論が沸騰し、畢竟職場は明るく、活気づいていました。 如何せん、数年前にスピンアウトされ、社外の方になってしまいました。

 その方がいなくなって1、2年が経過し、 ある関係会社のレセプションパーティに出席したときのことです。 北陸にある某社の社長を紹介されました。 元々は当社の大手顧客の一つでしたが、ライバルに奪われたばかり、 今更お会いしたところで何の得もないし、話題もない。 けれど、関係会社が是非にというので、一応ご挨拶に上がった。 すると社長は、他のベンダーを選んだことを申し訳なかった、 そうするしかない背景にあった、次の機会には是非ともと仰る。 そして、「女性の方がおられましたよね、お名前は失念しましたが、 本当に素晴らしい方だった、あの方はどうされていますか」とお尋ねになった。 誰のことだかわからなかったけれど、もしやと思い、 「あの、それはキャンキャン五月蠅い女性でしたか?」とお訊きすると、 「そうそう!」、「○○のことですか?」、「そうそう○○さんと仰った!」。 彼女のファンは全国にいるのだなと感心したのを思い出します。

 そのキャンキャン、基、憧れの方と 初めて宴席を共にする機会に恵まれ、 記念写真をとせがんで撮らせて頂いた。 これをミーハーと言わずして何と喩えましょう。 けれど、こういったことがとても貴重に感じられるようになったのは事実。 そもそも、憧れというもの自体、滅多に抱かなくなりました。 若いころは別に写真なんかどうでもいいと考えていたので 20〜30代の記念写真は皆無に等しいのですが、 最近はちょっと一枚とせがむようになった。 何なんでしょうね。 何の意味もないと言われても否定はできない、 けれど小生にとってはとても貴重に感じられるのです。 貴重な時間、その一コマでもいいから留められないだろうか、 そんなことを思うようになったのかもしれません。

憧れのフリージャズピアニストと。
彼女のプレイは次元が異なる。
憧れのスーパーレディーと。
そのチャーミングな表情は眩いほど。

--- 4.Feb.2011 Naoki
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