ゼンサン

 10月13日、僕はタクシーに乗っていました。 行く先は、よく分かっていません。 同じような名前の斎場が2つあり、その一方へ向っていたのです。 2つの斎場は何十キロも離れているので、もし間違えていたら告別式の開始時刻に間に合いません。 行く先を告げたとき、「だいぶありますよ」と運転手が忠告していました。 駅からタクシーで25分ほどと聞かされていたので、ワンメーターではないだろうと覚悟はしていました。

 しかし、なかなか到着しません。 グーグルマップで見ると、目的地はまだまだ先です。 間違えているのかもしれない。 タクシーを停め、斎場に電話をしますが要領を得ず、時間ばかりが過ぎていきます。 どうやら、降りる駅自体を間違えていた可能性があります。 勝手に取手だと思い込んでいたけれど、実は土浦だったのかもしれない。 もはや、間に合う見込みはなくなりました。 どうすべきか。 もう一方の斎場の方が近いのではないか。 正解はとんとわかりませんが、ここは進路変更せず、このまま当初の目的地へ向かうことにしました。

 運転手も一層アクセルを踏み込んでくれますが、雨が降り出し、所々渋滞に嵌ります。 車内に沈黙の時間が流れ、なんとも気のやり場がありません。 「告別式って、1時間くらいやるんでしょうか」と問いかけると、「そうですねぇ、いろいろありますからねぇ」と致し方ない受け答え、そりゃそうでしょう。

「いや、旧友なんですよ」と世間話モードに入りました。
「中学校の頃ですから、もう40年以上会ってないんですがね」
「そうなんですか」
「隣町に住んでいてね、背の高い好青年でしたよ」
「ほうほう」
「僕は随分悪いことしたんです」
「おやおや」
「バスの窓から其奴の帽子を投げ捨てたり、玄関に立てかけてある傘を蹴り折ったり」
「なんでです?」
「いや、覚えてません、そういう時期ってあるじゃないですか」
「まぁ、そうですかねぇ」
「でも、其奴は笑顔でね、優しい笑顔なんですよ」
「へぇ」
「転校で1年半の付き合いでしたけど、親友っていうと其奴のこと思い出します」
「仲が良かったんですね」
「それがね、今では世界最先端の科学者の一人になってたんですよ」
「はぁ、それは惜しいことを」
「しかも、初めて知ったんですけど、結婚相手が奇遇にも僕の初恋の人でね」
「へぇ、それはまた!」(運転手の相槌が一番強くなった瞬間です)
「それを知ったのもね、当時の友達がSNSで僕を見つけて連絡先を教えてくれて」
「ほぅほぅ」
「1年ほど前にメールが来たんです、それっきりになっちゃいましたけれども」
「それは残念でした」
「これ(タクシー)、もう間に合わないかなぁ・・・」
「いや、そうやって駆けつけてくださるだけでも喜んでおられますよ」
「またヘマやってんのかって今ごろ空から眺めて笑ってるんでしょう」

 確かに彼の笑顔を感じました。 若かりし彼の優しいあの笑顔です。 彼からメールをもらったのは、昨年の9月11日でした。

大変、ご無沙汰しています、山田善一です。
メールありがとうございます。
40年ぶりぐらいかな?大変懐かしいですね。
石井君と真辻君と3人でお邪魔して以来かな?

私は今、茨城県つくば市にある
高エネルギー加速器研究機構・素粒子原子核研究所というところで
働いていて、ニュートリノ実験というものに携わっています。
http://www2.kek.jp/proffice/archives/feature/2010/T2Khorns.html
http://www2.kek.jp/proffice/archives/feature/2010/images/T2Khorns6.jpg
「山田善一 KEK」でググってみて下さい。
TwitterやFacebookはやっていませんが、PCやスマホは得意です。

佐野君から聞いたかもしれませんが、縁あって旧姓宮元真理子さんと30年前に結婚し、
それ以来、つくば市に住んでいます(秋葉原から電車で45分)。

ただ、2年前にある病気になり、現在もその治療中で、あまり元気ではないのですが、
仕事を減らしてもらい、趣味のオーディオ等で現実逃避して遊んでいます。
最近は、アナログレコードについて研究中です。

いつかまたお会いしたいですね。
では、また。

 揺られること約1時間、タクシーは最後の交差点を右折し、一路斎場へと向かいました。 そして、やっとこさ到着した斎場のなんと大きかったことか。 駐車場もだだっ広く、どこに乗り付けていいかもわかりません。 運転手が多分あっちだという方へ車を回し、「ありました、山田さんって書いてあります!」と教えてくれました。 ということは、まだ告別式は終わっていないということです。 「ありがとう、釣り銭はいいです!」と支払いを済ませるが早いか、僕は石畳の廊下を駆け出していました。 間に合った、間に合ったぜゼンサン!

 告別式には、ご親族はもとより、大学院や関係機関などから大勢の方々が集っていました。 そのお陰もあって、お焼香にも間に合い、手を合わせることができました。 喪主を務める奥様は気丈に立ち振る舞い、最後は声を詰まらせながらもしっかりとご挨拶されました。 ただ、式の最後にお花を供える儀式があり、棺桶の蓋が開けられたときには思わずすすり泣いておられるのが分かりました。 お参りに来た方々は、横たわる彼の周囲に手に手に花を供え、合掌し、見守るご親族の方々に深々とお悔やみの礼をして進まれます。 僕もその列に並びました。 自分の番が巡ってきたので、花を供え、手を合わせたわけですが、ご親族にお辞儀をするのを忘れていました。 代わりに、右手の二本の指を額にやり、それをチョイと前へ出して彼に軽く敬礼し、「また会おうな」と心で告げました。 すすり泣きの中に「クスッ」と笑う気配がしました。 多分、奥様でしょう。

 僕は、出棺には参列せず、そのまま帰ることにしました。 今できることはやり終えたと感じたからです。 しかし、タクシーを呼ぶにせよ、往路が往路でしたから、どこへ向かえばいいのかわからない。 ここは、とりあえず乗り込んで運転手に相談です。 土浦のタクシー会社に電話し、自分の名前を告げていると、「あら!」と振り向いた女性がいました。 「だったら一緒に」と声をかけてくれたのは、小学校のとき一緒に図書委員をやったことがあり、大数学者のお孫さんであるということを後年知った(旧姓)鯨岡さんでした。 タクシーは25分ほどで筑波駅に到着し、つくばエキスプレスでお喋りをしながら帰りました。 ゼンサンの脚本による、なんともドラマチックな1日でした。


--- 2018/11/4 Naoki

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