ムシの話

 ひょんなことから、あるがさゆりさんというシンガーソングライターと意気投合し、来月にライブを入れてしまった以上、また練習を再開しなくてはならなくなりました。 ギタリストの長見順さんにお願いして、生ギター用の稀少なピックアップを仕入れていただき、1年間眠っていたギターを改造するところまでは漕ぎ着けましたが、そこから先はなかなか腰が重く、まだ練習に至っていません。 その代わり、また時折森を訪れるようになり、今年も蛍の生息を確認しました。 如何せん、1997年のような大発生は認められず、ここに一匹、あそこに一匹というように、ひっそりとした森の夜宴でした。
 ムシといえば、一つ残念だったことがあります。 それは、玄関の外に放置しておいた水槽の中で、クワガタが死んでいたこと。 もう1匹もいないと思い、掃除をするのも億劫なのでそのままにしておいたのです。 それはヒラタクワガタという種類の大きな雌で、羽化するまでの数年間を朽ち木の中で過ごします。 気が付かないうちに羽化し、そのまま餓死してしまったのでしょう。 しかも、僕は、これと同じ過ちを2年前にやっているのです。 そのときはオオクワガタの雌でした。 共通しているのは、どちらも大きく、羽化してすぐ死んでしまったので、傷一つなく艶々として美しかったということです。

 ムシなんぞ飼っているのかと眉をひそめられる方がおられるかもしれません。 犬や猫なら可愛気もあるけれど、ムシなんて脳があるのかないのか、本能しか持ってないんだからつまらないだろうと。 ところが、飼ってみると分かりますが、彼等は本能とやらによるプリセットプログラムだけで行動しているのではありません。 間違いなく意志に基づいて行動していることが感じられるようになります。 このことを僕は会う人会う人に話すのですが、実際に飼ってみないと実感できないと思います。
 クワガタムシの中で最も一般的なのがコクワガタという種類で、ポイントさえ見つければけっこうたくさん捕まえることができます。 森の近くの自動販売機の灯りに飛んでくることもありますし、けっこう狭いところで生息できるとみえ、旧家の庭の老木に住んでいて近くの建物の玄関でひっくり返ってる輩もいます。 そのときも、ちっちゃな連中十数匹を捕まえてきて、クヌギのオガクズを深々と入れた大きな水槽に葉の付いたままの枝、朽ち木、餌木などを入れ、そこにゴッチャリと放してやったわけです。 連中は、みんな脱走したくて仕方ないわけですが、プラスチック製の水槽には歯が立たないし、蓋までは高さがあるうえサランラップが張ってあるので取り付く島がありません。 夜中になると餌のゼリーを巡ってカチャカチャ喧嘩が始まる。 そういうのを見て楽しんでおったわけです。 その夜もカチャカチャ音がするので、また喧嘩が始まったのだろうと覗いてみると、どうも様子がおかしい。 一匹の雄が朽ち木の一番高いところに登り、前足を水槽の壁にかけて後足二本で立った形でじっとしている。 その背中にもう一匹小さな雄が這い上がり、やっぱりじっとしている。 そして、更にその上にもう一匹、今度は雌がよじ登り、下にいる雄のクワガタの大顎(ツノの部分)に後足で立ち、前足で出口を探しているのです。 あれだけ喧嘩していた連中です、背中に乗ったり大顎に触ったりしようものならすぐにもガブリと噛み付くはずですが、本当にじっとしている。 一番上の雌は、しかし身体を傾けすぎて、水槽に爪が掛からずそのまま下に滑り落ちてしまいました。 そうすると、台になっていた雄は、頭を下に向けて落ちた雌を探しているではありませんか。 彼等は共謀して脱走を試みていた、そうとしか考えられない光景でした。
 ヒラタクワガタというのは、殆ど木に潜ってしまってなかなか姿を見せてくれませんから、餌台を一番観察しやすい位置に設置し、仕方なく出てきたところを見て楽しむことにしていました。 ところが、次の日に覗いてみると、餌台に木の皮が被っていました。 そのときは、ムシが歩き回って偶然隠れてしまったのだろうとそれを取り除いたのですが、明くる日も、そのまた明くる日も、木の皮が屋根のように被せてある。 これは怪しいと見張っていると、ある日ついに目撃しました。 雄が大顎で木の皮を引っ張って餌台に被せていたのです。 ヒラタクワガタは、雄でも木に穴を開けることができますし、雌はしょっちゅう木を囓っています。 しかし、自ら物を運んで屋根を作る、つまり簡単な建設作業なわけですが、そういうことを自然界でもやっているのかどうか‥
 さらに感激したのはオオクワガタです。 オオクワガタの雄の大顎は立派で、湾曲したちょうど真ん中辺りから大きな牙がうねるように内側に突き出しています。 ヒラタやオオクワガタといった“Dorcus”という学名を持つ仲間は、擁室(羽化するための部屋)を木の中に作るので、大顎の発達した雄でも木を食いちぎるほどの力を持っています。 その分、ノコギリクワガタのようにむやみやたらと喧嘩をしません。 そんなことをもし仲間同士でやると、すぐお互いの身体に穴を開けてしまうので、種の保存のためには我慢強い性格を獲得せざるを得なかったのでしょう。 それにしても大顎の形は立派で、鋭い先端と内側に向けられた牙は凶器に見えます。 が、美しく、また何故そのような造形となっているのか不思議な感じがします。 ノコギリやヒラタは専らギザギザしていて、噛むと痛いぞぉーと物語ってるようですが、オオクワガタはつるんとしていて、ただ先端と牙に二股に別れているだけです。 この造形は何を意味しているのか、それがわかったのは或る夜のことです。 カサカサ音がするので懐中電灯でそっと覗いてみると、オオクワの雄が、大顎の先端と牙の間のまあるい部分で雌を抱いていたのです。 強力な大顎をソフトにソフトに、優しく優しく使って、気遣うように雌を抱いていた、その大顎の構造が雌の体型にちょうどフィットしていたのでした。 ノコギリのツガイの場合なら雄が雌を逃がさないように上から捕まえる‥といった格好ですが、オオクワのそれは、古き良き日のアメリカ映画の逢い引きシーンを連想させるような風情で、とてもとても本能云々の成せる技とは思えませんでした。

 だいたい、本能というものがどれほど明確に分析されたメカニズムなのかわかりません。 ご存じの方は教えて欲しい。 以前、両親と姉と子供達を連れて奈良の田舎に遊びに行ったとき、これはまさに虫採りに行ったわけですが、家の中にたくさんの美しいハナムグリ(コガネムシの仲間ですね)がいて驚いたことがあります。 庭の花やなんかで遊んだ後、部屋の中に入ってきてしまったのでしょう。 男どもはそういうことは気になりませんから、そのままその夜は寝たわけです。
 すると、朝方なんだか騒がしい。 オヤジに叩き起こされてみると、姉が耳を押さえて痛がっている。 どうやら、寝ている間にコガネムシが耳に入り込んだらしいのです。 これは一大事と「虫採り」を試みましたが、どうしようもない。 そのとき思い出したのが、ムシは明るいところに集まるという習性、「走光性」とか言いましたっけ、つまり「本能」です。 そこで、懐中電灯を持ち出し、耳の中を照らしてやりました。 そうすれば、光のある方へムシが出てくると考えたのです。 ご忠告申し上げますが、このようなことは絶対にしてはなりません。 驚いたムシは益々奥へ逃げ込んでしまったのです。
 その後どうなったかというと、救急車です。 初めて同乗しました。 不覚にも、ちょっとワクワクしちゃいました。 病院へ着いても、早朝ですから、なかなか先生がお見えになりません。 とても恰幅の良い、ちょっとロシア人を連想させるような看護婦のオバサンがいて、痛がる姉に「静かにしなさい!」と叱責している。 そのヒトに預けて取り敢えず待合室に戻りました。 初めて知りましたが、その間救急隊員の方々は、帰らずに待機しておられるのですね。 患者の受け入れが確定するまで待っておられるのです。 僕は、隊員の方から逆に缶コーヒーをご馳走になりました。 ご馳走になりながら、「こういうことは‥珍しい方ですか?」とお訊きしてみましたところ、「‥そら‥珍しおまっしゃろなぁ‥」とのことでした。
 半時間足らずで声が掛かり、お医者さんが見えられたということで、救急隊員の方々に御礼を言い、診察室に入りました。 痩せ形の毅然とした、しかし優しそうな女医さんで、ロシア風の看護婦さんとは好対照です。 何か、麻酔のようなものを耳に注入され、あっという間にムシをつまみ出して外耳を消毒されました。 こういったケースでもやはりカルテというものに記録をつける必要があるのでしょう、女医さんは、治療の手際良さとは裏腹に、その後デスクに向かって考え込んでおられました。 それを、腕組みをしたロシア風の看護婦さんが覗き込んでいて、こちらからはその逞しい背中でカルテが見えないような格好でした。 が、しばらくして、そうかとばかり、女医さんは筆を走らせました。 なんと書いたのでしょう。 コガネムシがどうのと書かれたのでしょうか。 ドイツ語でコガネムシは何というのでしょう。 とにかく記入されました。 と同時に、「フッ!」という忍び笑いの息が聞こえて、痩せた女医さんとロシア風の看護婦さんの背中がヒクヒク動いているのが見えました。

 それはともかく、ムシというものは、確かに非常に簡素な行動体系を確立していて、それはある種の蛾の幼虫が保護色を決定する方法や、ミツバチが仲間に蜜の在処を教えるダンス行動の仕組みなどを調べてみるとわかるようです。 ムシは、無駄な情報を排斥し、必要な情報を極シンプルに活用することによって、最も効率的な生存方法を編み出している、いわば地上の成功者達です。 しかし、やはり生きている個体一つ一つを眺めていれば、そこには個性があり、意志があり、命があることが感じられるようになります。 それは、そのムシが先天的に備えている能力によって、或いはまた生きていく過程での経験の総和によって、或いはまたそれら以外の偶発的な要因によって実現されているのかもしれません。 ヒトも、多分同類でしょう。

--- 10.Jun.1999 Naoki
更新 --- 24.Jun.1999 Naoki

 下の写真は、現在飼育している8頭のクワガタの内の1頭、オオクワガタ(73mm)のオスです。 マニアは、クワガタを「1匹、2匹、‥」と数えずに「1頭、2頭、‥」と数えるのだそうですが、オオクワガタを眺めていると、なんとなくその由来が分かる気がしてきます。 少なくとも、8頭いるクワガタは、どれも同じ姿で同じような顔をしていますが、行動に個性があります。 落ち着きのないヤツ、悠然としているヤツ、目立ちたがり屋、引っ込み思案、人間嫌いなヤツ、好奇心の強いヤツなど、各々特徴的な振る舞いをするものですから、ムシもまたゲシュタルトを持っているのではないかと考えずにはいられません。
 オオクワガタは、(ヒラタクワガタやコクワガタなど)ドルクスと呼ばれる種類のクワガタの中でも最も長生きの部類で、羽化するまでに2・3年、成虫になってからも越冬して2・3年、長いものでは5年も生きています。 子供達に人気のノコギリクワガタなどの成虫は、カブトムシ同様、残念ながら越冬できないので、秋口には死んでしまいます。 日本で最も長生きしたカブトムシは、北海道で飼育されていたもので、12月まで生きていたそうです。 もともと北海道はカブトムシの生息していない地域なので不思議に感じられますが、珍しくて大事にされたから、北海道の家屋には早くからストーブが入るので適温が保たれていたから、といった説があります。
 やはり人気の高いミヤマクワガタという種類は、カブトムシと同様に越冬できないと思われていましたが、秋に羽化した個体が地中や朽木の中で越冬し初夏に活動するということが発見されたそうです。 識者達を驚かせたこの興味深い生態学的発見は、当時小学生の少年によるものだったそうです。
 自分が子供の頃は、オヤジの郷である奈良の宇陀郡や桜井市といったところに行けば簡単にクワガタが採れました。 木を蹴れば落ちて来るので、それを拾えば良かったわけです。 今では地元の子供達でさえ採れないと嘆いている有様で、原因はいろいろありましょうが、ひとつは農家が少なくなったことです。 クワガタ達は、原生林よりもむしろ下草を駆り枝を払って手入れのされた雑木林に生息し、薪や炭の材料として切り出された落葉樹や照葉樹の材木置き場や椎茸栽培のためのホダ木といったものに産卵していたからです。 人間とクワガタは、言ってみれば共存していたわけです。 昔、奈良市内に住んでいた僕が夏休みなどで田舎に行くと、地元の子供達が挨拶代わりにシューズケースにてんこ盛りされたクワガタやカブトを持ってきてくれたものです。 最近では夜山に分け入ってようよう数匹が採集できる程度で、そのうちの1匹を地元の子供に分けてあげたら、大喜びされ、お礼に花火セットをもらったことがあります。 なんとも申し訳ないような気分でした。

追記 --- 14.Jul.1999 Naoki

オオクワガタのきれいな壁紙が
フリーソフトの頁にありますよ。
更新 --- 15.Jul.1999 Naoki

更新 --- 18.Aug.1999 Naoki

 夜半会社から帰ると、オオクワガタの人工繁殖に関する記事がカラー写真入りで大きく紹介されている7月21日付の朝日新聞の1面を、図書館勤めの女房が持ち帰ったらしく、いつもノートパソコンを開けているデスク(いや実は元オムツ入れボックスなのだが)に拡げて置いてありました。 初めてオオクワガタの人工繁殖に成功した一人とされる小島啓示さんの「人工増殖の研究は国産オオクワガタの種の保存が目的。売買の対象ではなく、身近な生き物として多くの人々に飼ってもらい、里山に戻してやりたい」というコメントが掲載されていました。
更新 --- 22.Jul.1999 Naoki

更新 --- 18.Aug.1999 Naoki

 会社の同僚が、奥さんの実家である富山県に行ったおり、サッカーキャンプの土産にと数十匹のカブトムシやコクワガタ、そしてヒラタクワガタを採ってきました。 照葉樹を好むヒラタクワガタは、関西以南のものかと思っていたら、日本海側にもいっぱいいるんですね。 ヒラタは、河原の柳の木にいたと言います。 不思議と、ノコギリやミヤマといったポピュラーな大型種はいなかったようです。 ボルネオのオオヒラタ(左の写真:84mm)も、富山の50mmクラスのヒラタクワガタも風貌は同じ。 生息地によって大顎の変異の多彩なヒラタクワガタは、各々亜種に分類されることもありますが、それらは殆ど同種であるとして扱う学者の方もおられるそうです。 オオクワガタと異なるのは、大顎の形状や表面のざらつきなどいろいろありますが、性格が違う。 ノコギリやミヤマほどではありませんが、怒る、それに威風堂々としていて、あまり逃げ隠れしません。 飼っていて面白いのはヒラタクワガタの方かもしれませんよ。
 先日行って来たサッカーキャンプは、山梨県の忍野高原という富士山の裏側で、すぐ近くに忍野八海と呼ばれる数々の池や、自衛隊の演習場などがあります。 ここには、ゲンジボタルこそいましたが、クワガタやカブトは意外と少ないようで、唯一目撃したクワガタは、ポプラの木にいました。 この辺りのポプラの木には、白樺のような白い木肌のものと、椚というか檜に近いような赤っぽい木肌(地元の人は「黒い」と言っていたが)の二種類があり、後者にクワガタやカブトが来るということです。 目撃した1匹は50mm程度で、色からするとノコギリかなという感じでしたが、懐中電灯で照らし過ぎたために、ポロリと落ちて姿を眩ましてしまいました。  代わりに、収穫だったのは、ルリボシカミキリです。 これは、日昼のかんかん照りの中、サッカー場の金網にとまっていました。 子供の頃から図鑑では知っていたのですが、実物を見たのは初めてで、コバルトブルーの体に黒の斑紋、触角には節目毎に小さなぼんぼりのような毛が生えていて、とてもきれいな昆虫です。 「森の妖精」と称される理由がよくわかりました。

更新 --- 4.Aug.1999 Naoki

更新 --- 18.Aug.1999 Naoki


 毎年、夏休みを利用して叔母の家に遊びに行きます。 叔母の家は奈良県の桜井市、奈良盆地の南東の端っこに当たります。 少々大阪のベッドタウン化が進んでいますが、それでも山々に囲まれた緑深いところですから、昆虫採集もできます。 今年は大きなカブトムシが数匹採れましたが、ノコギリ、ミヤマの類は見かけませんでした。 2〜3年前には73mmを筆頭に大型のノコギリクワガタが数頭採れましたが、なんとなく最近は少なくなってきたように思います。
 さて、叔母の家ですが、近くには長谷寺、室生寺、赤目渓谷などがあり、三重県との境ですから、東に向かえば伊賀、賢島、鳥羽なども遠くありません。 西に戻るとすぐ飛鳥の里になるわけで、今年は橿原に行って、いくつかの博物館や資料館を見学してきました。 あまり歴史ものばかりでは子供が退屈するだろうと、最近できた昆虫館なるものも覗いてみました。 世界中の珍しい昆虫の標本や生体が見られ、蝶やハチドリが放し飼いにされている温室もなかなか見事で、大人でも楽しめる内容でした。 この近くには、「昆虫の森」なるショップもあるようで、看板を見かけました。
 この地方は、元々林業や農業が盛んでした。 林業は、杉や檜といった針葉樹、土地の言葉では「黒い木」を植樹しますが、これはあまり虫好みな森にはなりません。 針葉樹の森というのは、さわやかですが、整然とし、何処かひっそりと寂しげな感じがします。 多くの虫たちが好むのは広葉樹、土地の言葉では「赤い木」の森で、変化に富み、よく観察するとなかなか賑やかです。 クワガタムシでは、ノコギリ、ミヤマの類は椚や楢といった落葉樹林を好み、ヒラタの類は柏などの照葉樹林を好みます。 桜井方面は、針葉樹林は多いのですが、椎茸栽培が盛んに行われていたため、落葉樹から作ったホダ木(木の粉を固めて作ったもの)や椎茸そのものの菌糸のお陰で、クワガタの産卵に適した環境が整っていました。
 しかし、30年ほど前でしょうか、デパートでクワガタ・カブトが売られるようになると、椎茸よりも儲かるということで、クワガタ・カブト生産(もちろん副業でしょうが)に転向するところが多くなったようです。 「××の所、ゲンジ育ててるらしいなぁ」といった会話をよく耳にしたものです。 「ゲンジ」とは、クワガタムシのこと。 カブトムシは、「ヘイケ」です。 クワガタ贔屓の僕としては、ゲンジが主役、ヘイケが脇役と思いこんで、その呼称に好感を抱いていましたが、実はその辺りには平家の落ち武者の里が多く、ヘイケが主役だったのであります。 そんな思い出がありますが、今ではそういう農家も少なくなり、バブルの頃にはノコギリ、ミヤマの類よりも遙かに儲かるオオクワガタが注目されましたから、これまでのクワガタ・カブト生産農家というのも聞かなくなってきました。 そして、ここ1〜2年の話ですが、オオクワガタなどの養殖技術が発展し、それこそマンションの一室でクワガタ・カブト生産業のようなことを始める人や会社が増えているようです。
 おりしも、この橿原には、多分国内最大級ではないかというクワガタ・カブトの卸し兼ショップ、奈良オオクワセンターがあると知り、「参拝」してまいりました。 大きな倉庫や配送用のトラックが並び、外見は比較的質素な小売り店舗の中には所狭しと「生きた標本」が陳列されていました。 殆どが外国産の大型甲虫で、或る意味「昆虫館」よりも迫力があり、更に迫力があったのはお値段。 いや、まさに参拝するのが精一杯でしたが、それでも店内はお客さん達で大賑わい。 名古屋ナンバーや広島ナンバーといった車が停められていましたから、きっといろいろな方面から買い付けに来ている方々でしょう。
 行ってみるもんです、勉強になりました。 考えてみれば、あの値段を出したって、実際に採集することを思えば、交通費、人件費云々からしても決して高価ではない、むしろ破格の値段に違いありません。 それでも、毎年、桜井の山奥へ入って採れるか採れないかわからないクワガタ・カブトを探しています。 坂道にひぃひぃ言いながら、汗をだらだら垂らしながら、蚊に喰われながら、蜂や蝮を恐れながら、果たして木の枝に掴まっている黒茶色の背中を見つけたときの喜び、そしてそれを捕獲したときの満足感、そんなところに金では買えないものがあるからでしょう。 総合的に考えると、当たり前に昆虫採集ができる喜びを得るには、実は舶来昆虫どころではない予算が必要に思われます。

更新 --- 16.Aug.1999 Naoki

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